朝晩はずいぶん冷え込むようになりましたね。
これからは空気の乾燥も気になる季節。のど飴を用意しておきたくなります。
そんな季節に紹介したいのが、「京都念慈菴(きょうとねんじあん)」。
清代の中国・北京に由来を持ち、枇杷膏(びわこう)やのど飴で知られるブランドです。
枇杷膏とは、枇杷の葉やさまざまな植物由来の素材を使った、とろみのある甘いシロップのこと。
実はこの枇杷膏、中国ドラマ『瓔珞〈エイラク〉~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃~』に登場する名医・葉天士(よう・てんし)と意外なつながりがあるんです。
しかも、葉天士は清代に実在した人物。
この記事では、葉天士の生涯と枇杷膏に伝わる物語、京都念慈菴の名前の由来、現在販売されているシロップやのど飴を紹介します。
※この記事には『瓔珞』の一部ネタバレが含まれます。
『瓔珞』に登場する葉天士は実在した?
中国ドラマ『瓔珞〈エイラク〉~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃~』に登場する名医・葉天士(よう・てんし)。
宮廷の医師たちとは一味違う、歯に衣着せぬ物言いが印象的な人物です。
実はこの葉天士、清代に実在した名医をモデルにしています。
本名は葉桂(よう・けい)。中国医学の歴史に名を残した人物です。
第五皇子の命を救った名医・葉天士
『瓔珞』で葉天士の医術が注目されるのが、愉貴人の出産後に起こった騒動です。
生まれた第五皇子・永琪(えいき)は、目が金色に見える「金瞳(きんどう)」だったことから、不吉な子どもだと疑われます。
皇子の命まで危うくなったところへ呼ばれたのが、江南の名医・葉天士でした。
葉天士は皇子の症状を黄疸と診断し、治療できると説明します。
宮廷の医師たちが判断できなかった症状を見極め、第五皇子の命を救うことになったのです。
皇子の目の色を不吉な兆候と考える宮廷の人々と、病気の症状として捉える葉天士。
この場面には、迷信と医術の違いが描かれています。
『瓔珞』には枇杷膏も登場していた!
実は『瓔珞』には、葉天士だけでなく、枇杷膏そのものも登場しています。
ドラマの第2話で、高貴妃が妊娠中の愉貴人に、咳を鎮めるためとして枇杷膏を贈る場面です。
ところが、愉貴人は枇杷膏に毒が入っているのではないかと疑います。
太医が調べても毒は見つかりません。
そこで魏瓔珞(ぎ・えいらく)が、枇杷の古い葉には毒がなく、新しい葉や種には毒があると指摘します。
この場面、覚えている方もいるのではないでしょうか。
実は、この説明は医学的に正しいものではありません。
中国でも放送当時に話題となり、専門家が「枇杷の新葉に毒があるという説明には根拠がない」と指摘しています。
実在の葉天士とドラマの違い
ドラマの葉天士は、宮廷に招かれて皇族の治療にあたります。
しかし、実在した葉天士が宮廷医官を務めたことは確認されていません。
葉天士の生没年には諸説ありますが、1666~1745年とする記録があります。
『瓔珞』では、それ以降の時代にも葉天士が登場するため、史実と異なる部分があります。
ドラマでの活躍は創作を含みますが、葉天士が中国医学に大きな功績を残した名医だったことは事実です。
そして、この実在の葉天士の名前が、現在も販売されている「京都念慈菴」の枇杷膏にまつわる伝承にも登場するのです。
『瓔珞』には、葉天士のほかにも実在の人物をモデルにした登場人物がいます。
魏瓔珞や乾隆帝、富察皇后についても、ドラマと史実の違いをまとめました。
▶ 『瓔珞』は実話?実在した登場人物と史実を解説
-

-
『瓔珞』魏瓔珞は実在した?モデルとなった令妃・孝儀純皇后を史実から解説
中国ドラマ『瓔珞』を見ていると、「この物語は実話なの?」「魏瓔珞は本当にいた人?」と気になりませんか ...
続きを見る
清代の名医・葉天士とは何者だったのか?
葉天士(よう・てんし)は、清の康熙帝から乾隆帝の時代に活躍した名医です。
本名は葉桂(よう・けい)。天士は字(あざな)で、香岩(こうがん)という号も持っていました。
生没年には諸説ありますが、1666~1745年とする記録があります。
生まれ育ったのは、現在の江蘇省蘇州市にあたる地域です。
中国医学の歴史に大きな功績を残し、特に発熱を伴う病気の研究で知られています。
医師の家に生まれ、14歳で父を亡くした葉天士
葉天士の祖父と父は、どちらも蘇州で知られた医師でした。
葉天士も幼い頃から医学に親しみ、12歳頃には父親から医術を学び始めたと伝えられています。
ところが、14歳のときに父親が亡くなってしまいます。
その後は父の弟子について医学を学び、医師としての道を歩み始めました。
18歳までに17人の師匠!学び続けた葉天士
葉天士について調べていて、驚いたことがあります。
なんと、18歳までに17人もの医師に学んだと伝えられているんです。
自分より優れた技術を持つ人がいれば、年齢や立場にこだわらず教えを求めたそうです。
一人の師匠だけに頼らず、さまざまな医師から知識や技術を吸収していきました。
こうした努力を重ね、30歳になる前には医師として広く知られるようになったと伝えられています。
名医でありながら、医術の難しさを知っていた
葉天士には、晩年、子孫に医術の難しさを説いたという逸話が残されています。
医師には優れた才能と深い学問が必要で、中途半端な知識では人の命を奪いかねない。
そんな厳しい教えを子孫に残したと伝えられています。
晩年の逸話からも、医術に対する厳しい姿勢がうかがえます。
葉天士が中国医学に残した功績
葉天士は、発熱を伴う病気を研究し、中国医学の発展に大きな功績を残しました。
特に知られているのが「温病(うんびょう)」の研究です。
病気の進み方を見極め、症状に応じて治療する考え方を発展させました。
その教えは、弟子たちによって『温熱論(おんねつろん)』にまとめられています。
また、葉天士の診療記録をまとめた『臨証指南医案(りんしょうしなんいあん)』も、後世に受け継がれました。
葉天士は、優れた医師であると同時に、中国医学の歴史に影響を与えた人物だったのです。
葉天士と京都念慈菴の枇杷膏の意外な関係
清代の名医・葉天士。
実は、現在も販売されている「京都念慈菴」の枇杷膏には、葉天士にまつわる物語が残されています。
京都念慈菴に伝わる話では、清代の役人・楊孝廉(よう・こうれん)の母親が、長年ひどい咳に苦しんでいました。
何人もの医師に診てもらっても良くならず、楊孝廉は名医として知られる葉天士を訪ねます。
葉天士は母親のために秘伝の処方を授け、その薬で咳が治まったと伝えられています。
母親は亡くなる前、息子にこの処方を広めて人々の役に立ててほしいと言い残しました。
これが、京都念慈菴の枇杷膏に伝わる由来です。
まるで『瓔珞』とコラボした枇杷膏!?
『瓔珞』に登場する葉天士と、今も販売されている京都念慈菴の枇杷膏。
この意外なつながりを知ったとき、まるでドラマのコラボ商品を見つけた気分になりました(笑)。
もちろん、実際のコラボ商品ではありません。
しかも「京都念慈菴」という名前から、私はてっきり日本の京都の商品だと思っていました。
実は、この「京都」は日本の京都ではなく、当時の中国の都・北京を意味していたんです。
京都念慈菴に伝わる物語では、楊家の子孫が北京に店を開いたことから「京都」の二文字が加えられたそうです。
現在の会社は1946年に香港で設立され、1961年には台湾にも製薬会社が誕生しました。
京都念慈菴の枇杷膏やのど飴は、香港や台湾でも販売されています。
現地を旅行する際には、お土産として探してみるのも楽しそうですね。
京都念慈菴の枇杷膏とは?シロップとのど飴を紹介
京都念慈菴の代表的な商品が、枇杷の葉やさまざまな生薬を使った「枇杷膏」です。
とろみのある甘いシロップ状で、香港や台湾などで親しまれています。
枇杷膏には、ビワの葉やさまざまな植物由来の素材が使われています。
配合は商品によって異なるため、購入前に原材料を確認してください。
瓶入りのほか、持ち運びに便利なスティックタイプもあります。
▼楽天市場はこちらから
▼Amazonはこちらから
枇杷膏だけじゃない!京都念慈菴ののど飴
京都念慈菴には「枇杷潤喉糖」というのど飴もあります。
ビワ葉やキキョウ根などを使った商品で、オリジナル味をはじめ、さまざまな種類が販売されています。
袋入りや缶入りもあり、香港・台湾のお土産としても人気です。
京都念慈菴は、声を仕事にする人たちにも愛用者がいるブランドです。
歌手の中島美嘉さんは、枇杷膏のシロップと金柑レモン味ののど飴を愛用。
声優の森久保祥太郎さんも、テレビ番組で枇杷膏のシロップを愛用していると紹介されました。
俳優の松岡茉優さんは、ボイストレーニングの先生にすすめられ、のど飴を持ち歩いているそうです。
楽天市場の口コミには、元タカラジェンヌやYouTuberの愛用品として知り、購入したという声もありました。
声を使うお仕事の方へのプレゼントにもいいですね。
楽天市場では、オリジナル・金柑レモン・レモングラスの3種類を楽しめる缶入りセットも販売されています。
購入時に味の組み合わせを選べます。
▼楽天市場はこちらから
▼Amazonはこちらから
まとめ|『瓔珞』の葉天士と枇杷膏の意外なつながり
『瓔珞』で第五皇子の命を救った葉天士は、清代に実在した名医をモデルにした人物でした。
中国医学の発展にも功績を残しています。
その葉天士が、今も親しまれている京都念慈菴の枇杷膏にまつわる伝承にも登場するとは驚きです。
しかも、ドラマの中にも枇杷膏が登場していました。
これから空気が乾燥する季節。
気になった方は、京都念慈菴の枇杷シロップやのど飴を、今のうちに用意しておくのもいいですね。


