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【豊臣兄弟!】織田信長と沈香|蘭奢待から中国の香文化へ

NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の本編後に放送される「豊臣兄弟紀行」。

そこで紹介された、織田信長の葬儀の話に目が留まりました。

本能寺の変で信長が亡くなったあと、羽柴秀吉は京都・大徳寺で盛大な葬儀を行います。

その葬儀で使われたと伝わるのが、「沈香(じんこう)」という貴重な香木です。

沈香で造られた信長の木像は荼毘に付され、その香りは辺りに広がったと伝えられています。

なんて美しい弔い方なんだろう。

でも、なぜ信長を送るために「沈香」が使われたのでしょう。

調べていくと、信長が切り取ったことで知られる正倉院の名香「蘭奢待(らんじゃたい)」にも行き着きました。

そして香の歴史をたどってみると、日本だけでなく、中国にも古くから香を楽しむ文化があったことがわかります。

今回は『豊臣兄弟!』をきっかけに、織田信長と沈香、蘭奢待、そして中国ドラマにも登場する香の文化までたどってみます。


沈香とは?海を渡って日本へやってきた香木

沈香(じんこう)は、古くから珍重されてきた香木です。

沈香は、最初から強い香りを放っている木ではありません。

木が傷ついたり菌などの影響を受けたりすると、その部分に樹脂が蓄積していきます。

長い年月をかけて樹脂を含んだ部分が沈香となり、熱を加えることで、独特の芳香を放ちます。

信長の葬儀では、沈香で造られた信長の像が用いられたと記録されています。
火を入れることで香りが立ち、その香りが洛中に広がったとも伝えられています。

主な産地は、ベトナムやタイ、インドネシアなどの東南アジア。

日本では香木が産出しないため、古くから海を渡って運ばれてきました。

仏教とともに香を焚く文化も伝わり、やがて日本では独自の香文化へと発展していきます。

そんな貴重な沈香を、信長は生前にも手にしています。

それが、正倉院に伝わる名香「蘭奢待(らんじゃたい)」です。


信長も切り取った名香「蘭奢待」とは?

蘭奢待(らんじゃたい)は、奈良・正倉院に伝わる巨大な香木です。

正式名称は「黄熟香(おうじゅくこう)」。長さは約156cm、重さは約11.6kgもあります。

「蘭奢待」という名前には、「東大寺」の三文字が隠されています。

蘭【東】奢【大】待【寺】

蘭奢待が日本へ渡ってきたのは、信長の時代よりはるか昔。

インドシナ半島で産出した沈香が海を渡り、日本にもたらされたと考えられています。

平安時代になると、貴族たちは香を調合したり、衣服や部屋に香りを移したりして楽しむようになります。

室町時代には、香木そのものの香りを鑑賞する「聞香(もんこう)」が発達し、のちの香道へとつながっていきました。

そんな時代に蘭奢待を切り取った人物の一人が、室町幕府8代将軍・足利義政です。

そして1574年。

織田信長も天皇の許可を得て蘭奢待を切り取りました。

現在の蘭奢待には数多くの切り取り跡があり、そのうち3か所には、足利義政・織田信長・明治天皇が切り取った場所を示す紙札が残っています。

信長の葬儀にも登場した沈香。

その信長が生前にも、何百年もの時を経て受け継がれてきた名香・蘭奢待を手にしていたのです。

ところで「ランジャタイ」って……

蘭奢待と聞いて、お笑いコンビの「ランジャタイ」さんを思い浮かべた方もいるかもしれません。

私も気になって調べました(笑)。

コンビ名の「ランジャタイ」も、この蘭奢待が由来なんですね。

伊藤幸司さんは、蘭奢待を織田信長らが切り取った「天下獲りの証」と捉え、そこからコンビ名を付けたことをインタビューで語っています。


中国ドラマにも登場する「香」の文化

香を楽しむ文化は、日本だけのものではありません。

日本では奈良時代後半には、香を焚いて部屋に香りを漂わせたり、衣服や髪に香りを移したりする習慣がありました。

平安時代になると、貴族たちは香を調合し、衣服に香りを焚きしめることも身だしなみのひとつになります。

中国でも、衣服に香りを移す「熏衣(くんい)」の習慣は古くからありました。

香炉は部屋を香らせるだけでなく、衣服や寝具に香りを移すためにも使われています。

『瓔珞』では、衣服に残った香りが手がかりに

『瓔珞<エイラク>~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃~』にも、香りが印象的な場面がありました。

魏瓔珞が儲秀宮を訪れたあと、長春宮へ戻ったときのこと。

瓔珞に挨拶された純妃は、彼女から漂う独特の香りに気づきます。

それは、儲秀宮独特の香料の香りでした。

純妃は「衣服に残った香り」から、瓔珞が儲秀宮にいたことを見抜きます。

ちなみに、高貴妃が使っていた脂粉(化粧料)の香りとされていますが、儲秀宮の香炉にも同じ香りが焚かれているという設定だそうです。

高貴妃の香りは衣服・部屋・香炉まで共通していたのですね。

これはますます何の香りか気になりますね。

撮影裏話|呉謹言さんも「香り」で役作り

魏瓔珞を演じた呉謹言(ウー・ジンイエン)さんは、撮影中、場面に合わせて香水を使い分けていたそうです。

長春宮のシーンで選んでいたのは、ダマスクローズの香り。

富察皇后の優しさや穏やかさを感じながら演じるために、この香りを使っていたといいます。

その後は、白麝香(ホワイトムスク)系の香りも使っていました。

ここからは、私の勝手な想像です。

長春宮にいた頃は、富察皇后を思わせるダマスクローズ。

そこから物語が進み、瓔珞自身の立場も大きく変わっていきます。

白麝香に変えたのは、皇后を感じるための香りから、瓔珞自身を表す香りへ変えていったからなのかな、と。

本当の理由はわかりません。

香りまで使い分けて魏瓔珞を演じていたと知ると、不思議とドラマの画面からも香りが感じられるような気がします。

儲秀宮はどんな香りだったんだろう。
長春宮では、あの穏やかな空気の中にバラの香りが漂っていたのかな。

そんなことを考えながら、もう一度『瓔珞』を見てみたくなりますね。

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香りが記憶を呼び起こす「プルースト効果」

ふと漂ってきた香りで、昔の出来事を思い出したことはありませんか?

香りをきっかけに、過去の記憶や感情がよみがえる現象は「プルースト効果」と呼ばれています。

信長の葬儀では、沈香で造られた像が荼毘に付され、その香りが洛中に広がったと伝えられています。

ここからは私の想像です。

あの日、沈香の香りを嗅いだ人たちは、その後また同じ香りに出会ったとき、何を思い出したのでしょう。

亡くなった信長でしょうか。

沈香の香りに包まれた、あの日の葬儀でしょうか。

それとも、盛大な葬儀を執り行った秀吉でしょうか。

秀吉が香りの記憶まで計算していたのかは分かりません。

沈香で信長を送ったという話に、私はそんなことを想像してしまいました。


秀吉はなぜ、ここまで盛大に信長を弔ったのか

これほど壮大な葬儀を行った背景には、秀吉の政治的な意図もあったと考えられています。

本能寺の変のあと、織田家では信長亡き後の主導権をめぐる動きが始まっていました。

そんな中、秀吉は京都・大徳寺で、信長の葬儀を盛大に執り行います。

葬儀は、足利将軍家でも行われてきた格式ある禅宗の葬礼「七仏事(しちぶつじ)」の作法にならったとされています。

信長を盛大に弔うことは、信長への敬意を示すだけではありません。

信長の後を担う存在として、秀吉自身を強く印象づける意味もあったと考えられています。


沈香の香りを楽しんでみる

信長の葬儀にも使われたと伝わる沈香。

私も気になって、沈香の香りを楽しめるものを探してみました。

実際に沈香の香りを楽しんでみたい方には、こんなお線香もあります。

ベトナム産のシャム沈香を使った「沈香 高野霊香」です。

商品説明によると、ほのかな甘みを含んだ穏やかな沈香の香り。

華やかで甘い香りというより、落ち着きや奥行きを感じやすい香りだそうです。

「信長の葬儀では、どんな香りが漂っていたんだろう?」

そんなことを想像しながら、沈香の香りを楽しんでみるのもいいですね。


まとめ|信長の沈香から中国の香文化へ

『豊臣兄弟!』をきっかけに知った、織田信長の葬儀と沈香。

信長が手にした正倉院の名香「蘭奢待」。

日本では平安時代に衣服に香りを焚きしめる文化が広まり、室町時代には香木の香りを楽しむ「聞香」も発達します。

中国にも古くから香を焚き、衣服に香りを移す文化がありました。

『瓔珞<エイラク>~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃~』では、儲秀宮独特の香りから瓔珞の行動を見抜く場面がありました。

では、信長や秀吉が生きていたころ、中国はどんな時代だったのでしょう。

16世紀の中国は「明」の時代。

次の記事では、『豊臣兄弟!』と同じ時代の中国へ目を向けてみます。

▶ 『豊臣兄弟!』の時代、中国は何時代? 信長・秀吉と明の時代


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